第1話 「LIFE DIVER」

「なんだ、この胸を刺すトゲの様な痛みは・・・?」

サンヘドリン軍のパイロットの1人、
アウトン・ゴーマンは優秀な戦士であった。
だが、彼は戦う日々が続くたびに、胸の痛みを感じ続けていた。
この痛みは、単なる疲れやケガではない、心から感じ取れる痛みだった。
だが、当時の彼はその原因が何だったのか、気づけないままでいた。
・・・あるひとつの小さな、けれど大きな命と出会うまでは。


ある日、彼は市街地での戦闘を終えて、機体から降りて周囲を歩いてみた。
普段はそのまま軍へ帰還するのだが、
今日は帰還するまでの時間が余っていた為だ。
もしくは自分が守った街の様子が見てみたいと思いもあったからだろう。
彼が見た街の様子は、先の戦闘で火の気が少しあがっているが、
街自体に大きな損傷は内容に思えた。

「ミー、ミー」

ホッと方をなでおろすアウトンの近くで、誰かが呼んでいる声が聞こえてきた。
急いでその場所に向かうと、
うつろな瞳で助けを求めるかのように泣き続ける子猫の姿があった。
その横には、横たわったままピクリともしない母猫の姿が・・・。
アウトンは、その光景を見て愕然とした。
そして、昨日までの胸の痛みの理由(わけ)に気づいたのだった。

「・・・俺は、平和の為に戦っているんだと、たかをくくっていたが、
そんな驕りが知らぬうちに、この子の母親の命を奪い、この子を苦しめる事に・・・」

アウトンにとって自分の攻撃で、母猫を死なせてしまったかどうかは問題ではなかった。
この地をどんな理由であれ、戦場にしてしまったのは自分たち人間であり、
罪もない者を知らず知らずに巻き込んでいた、自身の無知さを大いに恥じたのだ。

「ミー、ミー」
子猫がアウトンの側に近づいてきた。まるで助けを求めるように。

「いいのか、俺はもしかしたら君の母親を・・・
いや、そんな事を言っている場合じゃない!
せめて・・・、せめてこの子だけでも!!」

アウトンは急いで機体に戻り携帯用救護器具と携帯食を取ってきて、子猫の応急処置を行なった。
その後、子猫が一命を取り留めて、眠っているうちに、
大きな木を見つけてその下に母猫のお墓を作ってあげた。

「・・・軍の人間として戦っているままでは、
この子のような犠牲者を生み続ける事になる・・。だから・・・!」



アウトンは、この日を境に軍部を辞め、
平和のためにどうすればいいかを研究し始めたのだった。


軍部からの退職金、そして同じ志を持つもの達の資金提供で、
小さいながらしっかりとした研究所を構える事ができた。
10人程度と少ないが、仲の良い研究員に恵まれ、
そこでは「アウトン教授」と呼ばれ尊敬されていた。

助けた子猫はというと、「ミー、ミー」と鳴く事から「ミー君」と名づけられた。
クールなキャラを作っていたアウトンは、他の研究員にはこっそり飼うことにした。

肝心の世界を平和にする研究は、なかなか進まなかった。
人類同士の戦いだけではなく、宇宙からの侵略者も含むため、
現実には不可能に近いと思う気もしてきた・・・。


そんな中、ひとつの事件が発生した。
ミー君の餌やりを終えたアウトンは、
ロビーで研究員たちが騒いでいる事に気づいた。

「何を一体騒いでいるのだ?」
「教授、このニュースを見てくださいよ!」

研究員たちに言われるまま、テレビの方に目を向けると、
「銀行強盗!作戦ミスの腹いせに放火!!」
という見出しと共に、炎があがっている銀行の姿を映し出されていた。
しかも、それは研究所の近くにある銀行だった。

「そう言えば、スプリンクラーが作動してないぞ」
「犯人が銃で破壊したとかどうとか・・」
「教授はどう思います?って・・・、教授??」

研究員たちの話し合いをよそに、
アウトンはすぐにその銀行へ向かっていった。


銀行に到着したアウトンは、時間経過でテレビで映されていた時よりも
火の気が大きくなっていることに気づいた。

「消防隊はまだなのか?!」
アウトンは、近くの野次馬の話を聞いてみると、
となりのエリアで戦闘が行なっている影響で消防隊の出動に影響が出ているらしい、という事を知った。
「クッ・・、これも戦争のせいか・・・」

だが、幸いにも銀行員やお客は急いで脱出することができたらしい。
どうやら、銀行強盗はそのどさくさに紛れて逃走したそうだ。

しかし、銀行の近くでは泣き叫ぶ女性がいることに、彼は気づいた

「どうしたんですか?」
「うち・・の、うちの娘がいないんです!!きっと銀行の中に・・・。
あの時、しっかり手を握っておけばこんな事には・・・・・」

その話を聞いたアウトンは、ためらう事なく、
炎に包まれたビルに突入した。


「・・・軍にいた時代がこうして役に立つのは、皮肉なものだな」
無鉄砲に突入したアウトンだったが、
軍での知識・経験を生かして、炎の中を上手く進めることが出来た。

そして―――


「本当にありがとうございます・・・!なんとお礼を言ったら」
「お礼はいいですよ。そんな事よりお子さんを早く救急車に!!」

アウトンが無事に少女を助けてから脱出した時には、
消防隊と救急隊が駆けつけていたのだった。

タンカで運ばれていく少女はアウトンの方を向いてこう言った。
「おじさん、ありがと・・・。私のクマちゃんも助けてくれて」

どうやら少女は、皆が脱出する時のごたごたで
大切なクマのぬいぐるみを手放してしまい、
それを探していたようだ。


多少火傷を負ったアウトンだったが、
この程度だ大丈夫だ、もっと被害に遭った人の優先を、
と言って救急隊の助けを断り、研究所に戻った。


「教授!」
「やっぱり銀行に行っていたんですね!!」
「心配したんですよ、ホントに」
「ともかく無事で安心しましたよ」

アウトンは研究所前で出迎えてくれた研究員たちに、火傷の手当てをしてもらった。


その夜、アウトンはひとり考えていた。
「(先の銀行強盗は、戦争による世情不安が原因で引き起こしたらしい。
そして、腹いせに放火して逃走、いまだ捕まらず・・か。
しかも戦争による消防隊・救急隊の出動の遅れ。
く・・・、戦争がここまで人々のいや、罪なき者たちを苦しめているというのか。
・・・・・・、
そして俺はそれを止めることができない・・・無力だ)」

「ミ〜、ミ〜」
苦しむアウトンに優しく寄り添うミー君。

「ありがとう、ミー君。
・・・確かに俺は無力あないな。
あの少女を助ける事はできたんだ。まだ希望は捨てたくない・・・!」


「ミッ?!」
突然ミー君は、今まで聞いた事の無い声を出した。

「どうした、ミー君?」

アウトンが話しかける前に、ミー君はしゅっと外へ飛び出していった。

「ミー君、今は夜だ!外に出るもんじゃない!!」
ミー君を探す為に、彼もまた外に飛び出した。

「ミーミーミー!」
何かを求めるように、走るミー君。

「ミー君、待ってくれ!」
必死で追いかけるアウトン。

「ミー!」
突然止まるミー君。

「よかった、ここにいたのか」
何とか追いついたアウトンは、ミー君を捕まえて抱っこした。


「・・・?!」
ミー君を抱えたアウトンは、誰かが騒いでいる声を察知した。
よく見てみると、成人男性3人と小さな子供が口論している姿があった。


この出来事が、アウトンの運命を動かす事になるとは、
今の彼自身には気づかなかったのだった。



次回「奈落の天使きたりて」に続く。