第5話 「再生の冥界(クル・ヌ・ギ・ア)」

終夏島に夜が訪れた。
メティーとソラトが守った、たくさんの命の欠片は、月の光を浴びて淡く輝いていた。
まるで命の輝きを表わしているかのように。

欠片たちを見つめながら、メティーは物思いにふけっていた。
その横では、ソラトがグーグーとよく眠っていた。

「ふぅ・・・、思えば長い道のりだったのかもね」
ふとつぶやくメティーは、ポケットから何かを取り出した。
それは命の欠片、・・・だが周囲の欠片と違って、
綺麗にカッティングされた形だった。

「思い出に浸るのも悪くないかも知れない・・・」
彼女はそう言うと、手にした欠片になにやら力を込めだした。
欠片は彼女の力に共鳴するかのように輝きを放ち始めた。
欠片は、まるでプロジェクターのように、夜空に映像を映し出した。
映し出される映像はモノクロならぬ、緑一色で構成されたものだった。
それを見ながら、彼女は回想を始めた・・・。


14年前の私・・・、メティー・エステールはまだひとりの少女だった。
孤児だった私を、村の皆が優しくしてくれた。

だけど、ある日を境にその優しい日々が消えていった・・・。
外界からの略奪者・・・、その影響で村の誇りだった森が破壊されていった。
村の人々が泣き叫んでも、彼らには聞こえず、結局荒野のみが残った・・・。

無力を感じた私は途方にくれた。
「なぜ、人は自然を傷つけるの?」
そんな想いがずっと私の中を巡っていた。

ある日、私に転機が訪れる。
「秘密結社軍」に名乗る組織の者が村に訪れた。
彼らが言うには、村の森を奪った者たちの所属は、
「地球統合政府」であり、合理的な計画ばかりを推し進めてしまうあまり、
個々人の声などを無視する傾向がある・・ということだった。
今回の森の破壊も「バイオエナジー計画」と呼ばれる、
原料の耕地を確保する為だったらしい。
彼らの言葉通り、後日、破壊された森の跡地に、
施設等を建設するという話を持ち出す者たちが現れた。
その時「秘密結社軍」の人が、上手く言いくるめて彼らを追い出した。
そして、私にこう言った。

「今回は上手く追い出せたけど、2度目は無いはずだ。
君は、この村と失った森を愛していると言ったね。
ならば、我が軍に入って戦って欲しい。
これ以上、統合政府のいいようにしてはいけない!!」

私は始めは戸惑った。戦う事で誰かが傷つく事になるから・・・。
でも、このままではこの村だけじゃなく、他の地域の人たちや自然も汚されていく、
と感じた私は、秘密結社軍に入る決心をした。

秘密結社軍に入った私は、戦闘訓練の合間にある事をしていた。
環境を配慮した戦闘兵器の構想・・・、
せめて、戦う武器だけは自然を傷つけたくなかった私の思いは、上層部に認められた。
自分の理論が主軸になって生み出された機体「フンババ」は、
当時は未知の物質だった命の欠片を取り入れたものだった。


そして、私とフンババは決戦の場におもむいた。
―あの「ラストサマー」の地へと。

そこで1体の奇妙な機体と出会い戦う事になった。
巨大な少女の姿をした機体、
「民間ロボット軍」所属、ヴィルファ・バーニー操る「ヴィルファインパクト」。
戦闘力は高く、私は翻弄されられた。
右腕の銃から炎が、左腕の銃から水が私を襲った。
けれど、奇しくも私のフンババも同系統の武装を搭載していた。
互角の戦力でぶつかり合う、ヴィルファと私。
気づけば、フンババの頭部にヴィルファインパクトの銃口が突きつけられていた。
私は敗北を悟った。苦し紛れに彼女に向かって叫んだ。

「さぁ、殺すのだったら、いっそ一思いに・・・!!」

その言葉を聞いた彼女は急に銃をおろした。
「アタシは別に命のやり取りをしにきたんじゃないのよ?
それに、あなたの機体の名前、フンババだっけ・・?
その首をふっ飛ばしちゃうと、御主人様と離れ離れになりそうだし・・。
ギルガメッシュ王の親友エンキドゥみたいに」

彼女の言葉に私は驚きを隠せなかった。
「貴方・・・、フンババの事を知っているの?」
「ギルガメッシュ王に殺された森の番人の名前から来てるんでしょ?
御主人様が、神話とかにやたら詳しいからその影響かもね・・・」

ヴィルファと私は、戦闘中であることを忘れてお互いの身の上話をしていた。
私は、村の森を破壊されたことを、
彼女は、御主人様と幸せな生活を守る為に戦っている事を。
事情は違えど、ふたりは共に平和な世界を望んでいたことに気づいた。
「ヴィルファさん・・・、貴方とは敵じゃ無い関係として出会いたかったわ・・・」
「“ヴィルファ”でいいわよ、メティー。
それと、私たちはもう敵同士じゃない、友達だと思うの!」
「ヴィルファ・・・!」
少しの間、戦場で戦い話し合っただけなのに、私は彼女を友として認める事ができた。
その理由は今でも上手く言えない・・、ううん、言葉では表わせないものだったから。

いい雰囲気になっていたこのときを邪魔するかのように、突如異変が起きた。
突然、海に歪みが発生したのだった。
敵味方関係なく、機体が海の歪みに飲み込まれて消えていった。
―そう、これが世界規模の消失減少の始まりだった。

歪みはこちら側にも及び、ヴィルファインパクトの足元までやってきた。
「きゃっ?!何なのよ、これ?!」
「ヴィルファ、逃げてっ!」

歪みは彼女の機体を飲み込もうとしていった。
その時、遠くから叫び声が聞こえてきた。
「ヴィルファーーーーー!!!!!」
その声に彼女は反応した。
「助けて!!御主人様〜〜〜!!!!!」
声の主である、青い剣士型の機体はパイロットは、ヴィルファの愛する御主人だと気づいた。
高速で向かう彼の機体はヴィルファの元に近づいていった。
けれど、それでも間に合わない事に私は気づいた。

私は覚悟を決めた。

フンババの能力を向上させる「トランスモード」を起動、
そして彼女の機体に体当たりをして歪みから脱出させる事に成功した。
けれど・・・・・。
「メティー、助けてくれたのは嬉しいけど、それじゃあなたが逆に・・・!」
「いいの、私は。
・・・貴方は貴方の御主人様と一緒に、
この美しい世界を守って・・・、ちょうだ・・・い」
私は彼女に最後の言葉を残して、歪みに飲まれていった。

「メティーーーーー!!!!」
彼女の悲痛な叫びが聞こえた。けど、その声も一瞬にして消えていった。


歪みに飲まれた私は、夢とも現実ともつかない場所にいたことに気づいた。
今の私ならその場所が何だったのかは、分かるけど、
当時の私がそれを分かるはずもなかった。
だが、少なくとも暗闇が支配するその場所は、いい場所ではないことが感じられた。
そこには、大きな門がありその門を守護する番人がいた。
番人はその門を通る為の代償として、身につけているものを1つ要求した。
分からずじまいの私は、とりあえず頭につけていた小さなティアラを奪われた。
納得した番人は、その門を通してくれた。
が、その先には大きな門と番人が・・・。
彼も同じく身につけているもの1つを要求してきた。
そこでは耳飾りを奪われた。
その門を通るとまた・・・。
もうひとつの耳飾り、胸飾り、腰帯、腕輪、腰布が順に奪われた。
7つの門を通った私は、一糸まとわぬ素裸になってしまった。
この体を隠してくれるのは、気づけば背中に生えていた枯葉のような翼だけだった。

7つの門の先は今までになく暗く望むを感じられない気配を感じた。
ふと、私の前に何者かが立ちはだかった。
暗闇の中なので、はっきりとは見えなかったものの、
その姿はどこか自分に似ていた・・・気がした。
私に似た者はなにやら言っていたが、当時の私には理解できるはずも無かった。
私はその言葉に呼応して深い眠りに落ちた。

深い深い底のない眠りに落ちた私だったが、
何とか目覚めて、この暗闇の地から逃げたいと願った。
・・・願った。
しかし、当時の私に何が出来ただろうか?
森が焼き払われた時もそうだった。
唯一わたしが出来たのは、親友になったばかりのヴィルファを助けた事だった。
私は彼女に会いたくなった。
ヴィルファ、そして彼女の愛する御主人に。
その想いが誰かに通じたのか、
眠る私の上から、ひとつの輝きがゆっくりと落ちてきた。
その光は緑・・・、フンババに搭載していた命の欠片だった。
その光を求めて、必死に目覚めようとした。
枯れていた翼は、生え変わったように美しくはばたき、欠片の元に向かった。
欠片を手にした私の前に、ぬくもりを感じる光が差し込んでいた。
ちぎれ舞う羽が、私の行くべき道を示している事に気づき、私はそれに向かって飛んでいった。
―虹色に輝く布を身にまとって。

忘れないで 私たちひとつの水晶(クリスタル)

気づいた時、私は元の世界にいる事にいた。
いや、私があの歪みに飲まれる時よりも14年後、
すなわち現在にいる事を感じ取った。
あの場所から脱出できた私は、無力な少女ではなくなっていたのだ。

虹の布一枚だけの状態でいる事に気づいた私は、
手に入れたばかりの“力”で服や装飾品に変えていった。

14年前との違いを知る為に、私は自らの足で歩んだ。
14年前よりも良い世界になっているはずだと願っていた私の思いは打ち砕かれた。
昔と変わらず、人類や地球外の者たちが争い続けていたからだ。

その夜、私はある者と出会った。私の横で寝ているソラトだ。
初めて会った彼は、戦争の巻き添えで瀕死の重傷を負っていた。
たくさんの血が流れ出ても、必死に生きようとするその姿に私は涙が止まらなかった。
「こんな儚き命を奪おうとするなんて・・・!」
昔の私ならば、ただ涙していただけかもしれない。
だけど、今の私は違う。この子を救うことが出来ると。
ちょうどその夜は幸運な事に、空には満月が浮かんでいた。
私は、彼に自らの血を与えた。赤き知恵の血を。

私の願いどおり、ソラトは無事に生き返った。高度な知性を持って。
元気になった彼は私に感謝して寄り添ってきた。
その姿を見て、私は確信した。
「今の私なら・・・、世界を変えることが出来るわ!」

こうして、私はソラトと一緒に行動を起こす事を始めた。



「ふぅ・・・・」
メティーは長い回想を終えた。
その瞳には一筋の涙が流れていた。

だが、欠片の映像はそこで終了ではなかった。
欠片は隕石が降り注ぎ、多くの人間が死に絶え、巨大な獣が暴れ狂う光景を映し出した。
衝撃的な映像だったが、メティーは「諦めはしない・・・」と強く自分に言い聞かせた。


そして、終夏島に朝が訪れた。
ソラトを起こしたメティーは、彼にこう言った

「行きましょ、ソラト。最終決戦の舞台(ステージ)に・・・♪」


[END]